狩猟免許の更新に行ってきました
- ! さくさくふぁーむ
- 7月6日
- 読了時間: 4分
お久しぶりです。梅雨真っ只中の7月1日。雨や雷、ひどいですよね。皆様の地域でも被害がないことを祈っています。
そんな雨ジャージャーの日、我々は狩猟免許の更新に行きました。
狩猟免許の更新が田舎の都会であったのでちょっとおめかしして会場に向かいました。
狩猟免許の講習会は13時から17時まで。中々に心にくる講習でした。銃(免許は持っていないけど)や罠での負傷事故や死亡事故。どうすれば事故を防げるかなとしっかり考えさせられました。そして先輩猟師さんからのアドバイス。今どの生き物が駆除対象にされているか、どうして駆除をしなければいけないのかなどです。3年後の講習までには今回以上に色々吸収できるようにしなければと思います。

さて、少し真面目なお話。生き物が大好きな私たちが、なぜ自らの手で命を奪う狩猟を選ぶのか。その選択には深い理由と強い倫理観があります。単に食べるためだけでなく、命の循環を尊重し、無駄を許さない姿勢が根底にあるのです。ここでは、私たちの狩猟に対する考え方や実践、そして命への敬意について詳しくお伝えします。
私たち黒須と長濱は、自分たちで鶏や猪を殺すことに責任を持っています。これは単なる作業ではなく、命をいただく行為として真剣に向き合うためです。たとえば、猪を我が子のように可愛がった経験もあります。家の中で猫や犬と同じように接し、愛情を注いできました。
それでも、私たちは命の循環を大切にしています。生き物の犠牲なしに人間は生きていけません。牛や豚、鶏、魚、さらには野菜も命あるものです。だからこそ、食べる命には最後まで幸せでいてほしいと願い、死を迎える時には余すところなくいただくことを心がけています。
私たちさくさくふぁーむでは、命の循環をモットーにしています。無駄死にを絶対に許さず、食べる分だけを捕まえ、命を大切に扱うことを約束しています。フードロスの問題は大きく、語り始めればキリがありませんが、まずは自分たちができる範囲でロスを減らす努力を続けています。
例えば、鶏たちは朝と夕方に20分ほど庭を自由に散歩します。ケージではなく、砂浴びができる小屋を用意し、畑で採れた野菜も食べられる環境です。卵を産むメスだけでなくオスも飼い、子どもも育てています。虫もたくさん食べており、先日はミミズをお裾分けしました。
このように、鶏たちが自然に近い生活を送ることで、彼らの幸せを追求しています。ただし、家畜である以上、いつかはお肉としていただきます。その時、彼らが何を感じるかは分かりませんが、少なくとも「幸せだった」と思ってもらえればと願っています。

また、猪は害獣として扱われることが多く、罠にかかっても弱らせて尻尾だけ切り落とし、体は捨てる猟師もいます。周囲にもそのような人はたくさんいますが、私たちはそれを許せません。命を粗末に扱うことは、私たちの価値観に反するからです。

私たちは食べる分だけを捕まえ、責任を持って殺し、余すところなくいただきます。命を奪うことに対して真摯に向き合い、命の尊さを忘れないことが狩猟の基本だと考えています。
私たちの暮らしは、命の循環を肌で感じるものです。鶏たちが自由に動き回り、畑の野菜を食べ、虫を捕まえる姿は、自然の一部としての命のつながりを教えてくれます。猪も同様に、自然の中で生き、私たちの食卓に命をつなげてくれます。
この循環を大切にすることで、私たちは生き物への感謝と敬意を忘れずにいられます。命をいただくことは決して軽いことではなく、命の重みを感じながら生きることが私たちの狩猟の根幹です。
命を奪うことは簡単ではありません。だからこそ、私たちはその意味を深く考えています。生き物たちが幸せに過ごし、最後まで大切にされることが、命をいただく者の責任です。
命をいただくことで私たちは生きています。その命を無駄にしないために、私たちは日々の暮らしの中で工夫を重ねています。食べきれない分は出さず、できるだけ自然に近い環境で育てること。これらはすべて、命を尊重するための行動です。
生き物を愛する私たちが狩猟を選ぶのは、命の循環を尊重し、命を無駄にしないという強い倫理観があるからです。自分たちで命をいただくことで、命の重みを実感し、感謝の気持ちを持ち続けています。
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